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2005/09/26

MotoGP、ロッシのタイトル獲得に思う

昨日9/25、マレーシアで行われた世界二輪ロードレースMotoGP第13戦で、ゴロワーズヤマハのイタリアンライダー、バレンティーノ・ロッシが2位でチェッカーを受け、最高峰クラス5連覇、自身通算7度目の世界タイトルを獲得した。今シーズンは現時点までで優勝9回、2位2回、3位1回、リタイアによるノーポイント1回と言う、ほぼ満点に近い成績を納めており、文句なしのタイトル獲得だ。

ロッシというライダーの天才ぶりは、いまさら改めて言うまでもない。ホンダRC211Vに乗っていた頃は、マシンの性能があってのこと、と言う穿った見方もできたが、現在のヤマハYZR-M1でこれだけの活躍をしているのは、ヤマハからマシンを供給されている4選手の中でロッシだけで、明らかにライダーの才能が突出している。これは予選の順位が悪く、スターティンググリッドが後ろの列になってしまった時の、ロッシのレース中の追い上げを見ても実感できる。他のライダーは、前を抜くどころか、ついていくのにも苦労しているのに、ロッシだけは、いつも軽々と(実際はかなりプッシュしているのだろうけれど)、前車を抜き去り、早い周回数でトップ争いに絡んでくる。明らかに、モータースポーツに対する才能の桁が違うのだ。

こう言うスポーツ選手を見ると、その優れた才能に驚くとともに、その選手が、その才能をちゃんと生かせる場に巡り会えた偶然を思わずに入られない。ロッシは間違いなく、世界で一番、MotoGPマシンを操る才能に恵まれている。再来年あたりはF1転向を噂されているが、きっとF1でもそこそこいい成績を収めるだろう。でも、もし彼が、モータースポーツではなく、サッカーに夢中な少年だったら、きっとここまでの成功は望めなかったに違いない。

同じようなことを、大リーグのイチロー選手を見ていてもよく思う。私は野球はあまり詳しくないのだが、そんな私でさえ、イチロー選手が野球に関してずば抜けた才能の持ち主であることはよく分かる。しかし彼が野球ではなく、他のスポーツに目覚めていたらどうなっていただろうか。もちろん、イチロー選手は才能だけでなく、努力の人でも有るだろうし、彼ほどの身体能力と運動神経があれば、他のスポーツでもいいところまで行くだろう。モノによっては一流どころまでたどり着くかもしれない。でも今のような『超』一流プレーヤーにはなれなかったのではなかろうか。

こう言う話は、なにもスポーツの世界に限ったことではないと思う。きっと全ての人は、何がしかに特化できる才能を持っている。しかし、それに気がつける機会、それを有効に生かせる場がみつからないだけで、そうやって埋もれ朽ちて行く才能は世界中にあるのだろう。だからこそ、その才能を見た時に人は驚愕し、感動するんだなぁ、などと、マレーシアの表彰台を見ながら考えた。

ついでに自分にも、そうやって発揮できずに埋もれた才能があったのかと、考えてみた。悲しいことに、とりあえず何も思い付かなかったが、あったとしても、きっといいとこペタンクの才能だったりするんだろうね。

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