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2005/12/18

アートとしてのフィギュア

この三日間、フィギュアスケート・グランプリファイナルを見ていて強く思ったことがある。
選手の演技中、テレビの実況と解説はしゃべり過ぎだ。ハッキリ言ってうるさい。

確かに、スポーツであり、その技術の優劣を競っているのだから、その実況というのは必要なのだろうし、解説者に技術的なことなどは補足してもらわないと、どこかどうスゴイのか、素人には分かりづらい。

しかし一方で、この手のスポーツはその芸術性も競っている。芸術を競えるのか、といった議論はここでは置いておくとして、見る側としては、スポーツ競技という見方だけではなく、アートパフォーマンスの一つとしても観ているのだ。やる側もそう言った観点を考慮しているからこそ、あのようなコスチュームを身に付けたり、競技中にBGMをかけたりしている。この場合、技術的に難しいとか、高度だとか、ポイントが高いとか、そんなことはむしろどうでもいいことでもある。ダンスパフォーマンスやミュージカルを放送する時には、いちいちその踊りに解説は付けないだろう。それと同じだ。

とはいえ、前述の通りスポーツでもあるので、解説だけならば、まぁ仕方ないが、今回はどうでもいい無駄話が多かった。BGMは会場に流れている生音を拾っているので、解説と実況が無駄話をはじめると、BGMが聞こえなくなってしまって、氷上のパフォーマンスを集中して観ることができなかった。この思いが特に強かったのは、今日放送されたエキシビジョン。ほんとに、解説と実況三人がしゃべるとBGMが聞こえない。勝ち負けはもう関係ないんだから、静かにじっくり観させてくれ、と何度思ったことか。曲調がかわったとか、左の靴だけ新しいとか、この二人は結婚して何年とか、そんなことはどうでもいいことなんだから。

せめて、副音声にしたら会場の生音だけになるとか、ラインでとったBGMが流れるとか、テレビ局側も考えて欲しいものである。今後のデジタル放送なんかでそう言った選択肢が増えることを願いたい。

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コメント

はじめまして,HANAKOと申します。
TBありがとうございました。
日本人選手を持ち上げすぎるあの演出に
ちょっとうんざりしていた上に,あの解説・・・
本当にエキシビジョンくらいは
集中して観たかったです。

投稿: HANAKO | 2005/12/20 00:32

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