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2006/06/17

セバスチャン・ポルトの引退

結構唐突な感のあるニュースだった。

セバスチャン・ポルトがシーズン途中で引退を表明

セバスチャン・ポルトはアルゼンチン出身のオートバイレース世界グランプリ、WGPのレーサーで、ここ数年の250ccクラスでは常に中心的な役割を果たしてきた有力選手だ。今年はホンダのワークスチーム、レプソルホンダのエースライダーとして、活躍が期待されていた。

シーズンの途中で現役引退を表明したライダーというと、95年に引退した500ccクラスの93年チャンピオン、ケビン・シュワンツが挙げられる。まだ勝てる実力がありながら、長年のフィジカルダメージの蓄積、そしてなにより、彼のライバルだったウェイン・レイニーの悲劇的な事故による引退からくる彼自身のモチベーションの低下に、引退を決意した。彼の引退記者会見では、涙を浮かべる彼の事情を十分に察している記者達から、暖かい拍手がよせられていた。

今回、ポルトの引退の理由も、『レースにかける新鮮な意気込みを失った』ということで、シュワンツと同じくモチベーションの低下によるものなのだろう。しかし、どうしてそんなにやる気がなくなってしまったのか、そこがよく分からない。確かに、昨年から今年にかけて、以前のような成績は残せなくなってはいたが、もともと実力がある選手なのだから、一時的なスランプかと思っていた。第一、まだ27歳なのだ。ライダーとして、これから脂が乗ってくるところではないか。しかも所属しているのは、GPライダーなら誰もが望み羨むホンダワークスだ。せめてこのシーズンが終わるまでは頑張る、という気持にもなれないくらい気力が萎縮した原因はいったいなんなのだろう。本人は否定しているが、ビアッジのように何かホンダと確執でもあったのだろうか。

もともと南アメリカ出身のライダーというと、あとは有名なのはバロスくらいで、アルゼンチン出身のポルトも今ひとつ情報がはいってこなかったので詳細はわからないが、本人が望んで引退を決意したというのならば、それを尊重して、暖かく送り出してやりたいと思う。

私がポルトに注目したのは、おそらく多くの人がそうであるように、2002年、ヤマハのワークスマシンYZRを走らせていた頃からだ。チームスポンサーの関係で、松戸直樹選手を押し出す形でワークス待遇を受けたポルトに、初めはあまりいい印象はなかった(これはポルトのせいではない)。しかし、ワークスマシンとは言え2年型落ちのマシンで、シーズン前半こそパッとしなかったものの、第9戦 ドイツGPで初めて三位表彰台を獲得。その後二位、三位と立て続けに表彰台に登り、第12戦 リオGPで初優勝。その後も第15戦 オーストラリアGPで三位と大活躍し、最終的にシーズンをランキング5位で終えている。第8戦で優勝目前にマシントラブルに見舞われたりと、いくつかの不運がなければ、確実にもう一つ上の順位で終わっていただろう。ヤマハファンとしては、溜飲を下げたシーズンだった。

その後のポルトはその実力を広く認められ、押しも押されるトップライダーとしての地位を確立する。03年はホンダ、04年と05年はアプリリア、そして今年はまたホンダと、ワークスチームを渡り歩いた。2004年はランキング2位を獲得している。マシンを乗り換えてもキチンとトップ争いに絡んでくる所にその実力が伺える、玄人好みのライダーだった。

これでまた、GPの世代交代が進むのかな。レプソルホンダの後釜は果たして誰になるのやら。

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