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2010/11/27

オバノシ

先日、伯父から伯母の葬儀の香典返しが届いた。そこに同封されていた伯父の手紙に、亡くなった伯母が生前したためていたという、詩をまとめた紙が添えられていた。

この伯母は母の姉にあたり、母とは一回り年が離れている。母は幼い頃に両親を亡くしており、この伯母が母親代わりだった。5人兄弟の長女であったため、戦中戦後の混乱期に若くして大黒柱として一家を支えざるをえず、自分のやりたいことを犠牲にして必死に働いたそうだ。そのせいか、私にとってはがさつでデリカシーのない、お金にうるさい田舎者のオバサンといった印象しかなく、裸一貫でガテン系の会社を興し、ある意味豪快な伯父や、その両親の影響をもろに受けて育った従姉弟達ともウマがあわなかったので、もともと親戚付き合いが苦手な私は亡くなる直前まで20年以上会っていなかった。

伯母が詩を書いていたことを伯父は知らなかったという。従姉弟達は伯母が昔、詩を書いていた事は聞いていたらしいが、現物は見たことはなかったのではないだろうか。全部で80あまりの詩編は、少女の頃から亡くなる直前までに作られたもので、少女らしい乙女心、戦中の苦しい生活、両親との死別、戦後の混乱の中で耐えるのみの自分の青春への嘆息、そして伯父と出会ってからの瑞々しい恋愛、小さいながら幸せな結婚生活、孫ができてからの満ち足りた日々、晩年の人生を達観したような心境など、一人の女性の人生が生き生きとそこにあり、あの伯母にこのような一面と感性があったのかと非常に驚くとともに、深い感銘を受けた。当たり前のことなのだが『人に歴史あり』などと簡単にまとめられない人生がそれぞれの背景にあるわけで、それを軽んずるような態度は決して許されるものではなく、誰が相手であってもその歩んできた人生に敬意を表することを忘れないようにしないと、と改めて強く認識させられた。

最後に会った時、伯母はすっかりおだやかな口ぶりのおばあちゃんになっていた。何度も大病を患いながらもその都度生還し、多くの孫に恵まれた晩年を迎えられた伯母は、人生を十分生き抜き満足していることだろう。不義理な甥っ子ではあったが、改めてご冥福をお祈りいたします。

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