『ぷっ』すま見て驚いた
久しぶりに『ぷっ』すま見てたら、知り合いが出てました。
!!(゚ロ゚屮)屮びっくりしたぁ。
Nさん、10年以上ぶりにお姿拝見しましたが、セネガル人の旦那さん背が高くて素敵だね。お幸せそうでなによりです。
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久しぶりに『ぷっ』すま見てたら、知り合いが出てました。
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Nさん、10年以上ぶりにお姿拝見しましたが、セネガル人の旦那さん背が高くて素敵だね。お幸せそうでなによりです。
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【ワシントン和田浩明】米中央情報局(CIA)のヘイデン長官は5日、米上院の情報特別委員会で証言し、国際テロ組織アルカイダ幹部3人に対する尋問で、拷問と見なされる「水責め」を行ったことを確認した。米政府高官が水責めの対象や人数を明示したのは初めて。
ヘイデン長官によると、3人は01年9月の米同時多発テロを計画立案したとされるハリド・シェイク・モハメド容疑者ら。CIAの尋問担当者が水責めを最後に使ったのは5年前で、「大規模なテロ攻撃の再来を懸念していたため」(同長官)だという。
水責めは対象者に水死の恐怖を与えて情報を引き出す手法で、人権擁護団体などは「拷問にあたる」との見方を示している。米陸軍は水責めを禁止している。
ヘイデン長官はモハメド容疑者らへの尋問はアルカイダに関する有益な情報の入手に役立ったとして有効性を強調した。
CIAはアルカイダ幹部2人の尋問を撮影したビデオを破棄したことが、昨年12月に発覚している。
毎日新聞 2008年2月6日 18時22分
『有益な情報の入手に役立ったとして有効性を強調した』って。そんな理由がまかり通ったら何やったって許されちまうぢゃねぇか。
アメリカに、次元大介の名台詞を送ろう。
『それがあんたらの民主主義ってヤツかい。』
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【ローマ海保真人】ローマの観光名所・スペイン広場にある「スペイン階段」に16日、突然、約50万個もの6色のカラーボールが放たれ、市の清掃員が除去に大わらわとなった。
自称「芸術家兼活動家」のグラツィアーノ・チェッキーニ氏(54)が、「助手」3人と階段の頂上から赤、青、黄、緑などのプラスチックボールをまき散らした。ボールは一気に階段を転がり、広場の有名な「舟の噴水」をも埋めた。
チェッキーニ氏は昨年10月、近くの「トレビの泉」に赤い工業用染料を投じ、泉を真っ赤にさせた“お騒がせの人”。今回は報道陣に「これは今日イタリアが抱える問題を表現する芸術活動だ」と説明。無数のカラーボールは左右両派の政治家たちが語る「うそ」の象徴だという。
観光客は記念にボールを拾い始めたが、駆け付けた警官が一帯を通行止めとし、大勢の清掃員を呼び寄せた。市当局者は「受け入れがたい行為で不愉快だ」と語り、チェッキーニ氏と助手は拘束され警察署で取り調べを受けた。同氏には罰金が科せられる見通し。
毎日新聞 2008年1月17日 19時26分 (最終更新時間 1月17日 20時33分)
まぁ、この行動の内容云々はともかく、50万個ものカラフルなボールが階段を転がってくる様はさぞかし壮観だったことだろう。できればその瞬間を見てみたいものだ。
と思ってこのニュースを色々たどっていたら、SONYが海外で展開していた液晶テレビ『BRAVIA』のCMに辿り着いた。2005年放映のCMで、こちらは25万個のスーパーボールが、CGではなく本当にサンフランシスコの坂道を転がってくる。これが文句なしに美しい。こんな素晴らしい映像をなぜ日本で放映しないのか不思議なくらいだ。まずはご覧あれ。
スーパーボール特有のポップな色彩と気まぐれな動き、そしてその圧倒的な物量に、しばらく見とれてしまった。もっとクリアで大きな画面でも見てみたいが、こんな映像でもこれだけ迫力があるのだから、本当に生で見られたらさぞかし楽しいだろうなぁ。
(もっとも、CMではスローな映像と音楽が相まってずいぶんとメルヘンチックになっているが、実際には結構大変な撮影だったようだ。スーパーボールってとどのつまりは中身が詰まったゴムの固まりで、勢いがつくと結構なスピードで飛んで行くから、メイキング映像には撮影者が機動隊の盾みたいなのを使って身を守っている姿が映っている。)
この『BRAVIA』の海外CM、他のも見てみたが、結構大掛かりな内容であるにも関わらず、CG全盛期の今日にアナログ的手法で実際に撮影されており(編集時に多少CGで修正はしているが)、美しいだけでなく、とても引きつけられる作品になっている。さらにいずれも、どう考えても日本では撮影できないだろうなぁという映像で、見ていて壮快でもある。
こちらはとても意表をつかれた作品。撮影終了後の後始末も気になるが、NGとか出した時は大変だったろうなぁ。
ニューヨークの街角で200体のウサギの人形を使ってのコマ撮り映像。10万枚のスチール写真を使ったとの事。新宿じゃとてもできないよね。
ちなみに、同じ頃に日本で放映していたCMはこちら。
う〜む、これはこれで大掛かりで好きなんだけれどねぇ。でもやっぱり、上の三作品の衝撃にはかなわないかなぁ。なんで日本と海外で分けたんだろう?
いずれにせよ、これだけ鮮やかな色彩の群舞を見ていると、心なしか気分が明るくなってくる気がしてきますね。
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マイケル・ムーア監督の最新作『SiCKO』を観た。
映画の前に少し運動をして疲れてしまい、つまらないドキュメンタリーだったら絶対に寝るな、と思っていたのだが、前日にネットで席を予約してしまったので、仕方ないと観念して映画館に足を運んだ。
ところがどっこい。全くの杞憂だった。
とてつもなく興味深い内容満載で、飽きる暇がなかった。いろいろ評論されているように、間違いなくマイケル・ムーア監督の最高傑作だ。
この映画は、宣伝されているように、アメリカの医療制度の異常さについて取り上げている。しかし、映画で語られているのはそれだけではない。民主主義の意味や意義、人が豊かに生きる為には何が必要なのかといったような事が、アメリカの医療制度の問題を通じて浮かび上がってくる。
映画の中で言われていたと思うが、人間、普段の生活にゆとりと安心がないと希望が生まれない。希望がなくなった国民は、現状を変えることを諦めてしまう。それこそが企業と為政者の狙いで、そうならないように民主主義のシステムを有効に活用しなければならない。行動を起こそう、と語りかけてくる。
翻って我が日本。先日、救急車で搬送されていた妊婦が、病院をたらい回しにされて流産するという痛まし事件があった。この件については、病院側にも、妊婦側にも、事情も非とされる点もあったようで一概に誰が悪いとは言えないようだが、一つだけ真実なのは、日本の医療制度、医療環境も、決してほめられたもんじゃない、という事だ。
現在、日本で出産するのにはン十万単位の金がかかるという。今後増えてくると思われる低所得者層には結構キツい金額だ。それに、事情があってシングルマザーになる女性も増えている。そんな女性が妊娠した時、既に職に就いていれば出産まで働くことも可能だろうが、無職だった場合、出産費用を稼ごうと思っても、パートでも雇ってくれる職場はそうそうないだろう。また、職があっても、経済的な後ろ盾とゆとりのある産休をとれる人はそんなに多くないはずだ。むしろ出産を理由に退職を迫られるような事の方が多いのではないか?
さらに、産婦人科医を巡る状況も厳しいものがある。現在の日本では、産婦人科医は予約された救急患者の面倒を24時間みているのとかわらないという。終わりのない激務で疲れている上に、最近は高齢出産なども増え、医療事故のリスクも増えている。さらに、医療事故に対しての訴訟も増えていて、産婦人科医の中には精神的に消耗してリタイヤしていく人も少なくないそうだ。
少子化対策が叫ばれて久しいが、まずはこういったところから改善していくべきではなかろうか? 医療費の自己負担分を増やす前にさ。まぁ、アメリカ万歳の安倍自民&公明政権は、アメリカみたいに、病院が支払い能力のない患者を路上に放置する国が『美しい国』だと思っているんだろう。まずは国会でSiCKOの上映会をやってもらおうか。もちろん有料でね。
一つだけ映画にケチつけるとしたら、ムーア監督の顔。痩せたのはいいけれど、その分愛嬌がなくなって表情が険しすぎ。それがチト残念。
<追記>
この記事を書いたすぐあとの9月21日に大阪で、堺市北区の新金岡豊川総合病院の職員が、全盲の入院患者を公園に置き去りにしていた事が11月14日に報道された。あぁ、世も末か。
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今日、『ロッキー・ザ・ファイナル』(原題"ROCKY BALBOA")を見て来た。
予告編を見た時に、これは意外と面白い映画になっているんじゃないかと想像していたが、それ以上に面白かった。あっちゃこっちゃで書かれているが、一作目のオマージュのようなシーンがあちこちにちりばめられていて、ロッキーシリーズの一作目と二作目が好きな人には特にお勧めの映画だし、ロッキーなんか見た事もない、という若い人たちにも(なんか自分がオッサンっぽくて嫌な言い方だが(^_^;)、純粋に一本の映画として楽しめると思う。
気がつけば、ロッキーを映画館で見るのはこれが初めてだが、高校生時代の私はロッキーシリーズの大ファンだった。一作目と二作目は純粋に映画として、三作目はスポーツモノとして優れていると今でも思っている。しかし、その後の四作目ではアメリカ万歳の冷戦思想にかなりゲンナリした上に、三作目でアポロから直伝された軽いフットワークのボクシングが見られずにがっかりした。五作目はテレビで片手間にしか見ていない(五作目については、ひどい話だがスタローン自身『失敗作だった』と認めている)。
今回の映画については、なんでいまさらロッキーなんだ、という意見もあるかと思うが、スタローン自身にこれだけの時間が必要だったんだ、と納得させる内容になっている。
再申請したライセンスを却下されかけた時に、
『挑戦しようとする人間を止める権利が誰にあるんだ!
自分に残された少ないものを奪わないでくれ!』
と抗議の声を荒げるロッキー。
また、チャンピオンとの試合をやめるよう説得に来た息子に対し、人生について語り、
『他人を指さして自分の弱さをそいつのせいにするな。
それは卑怯者のすることだ。』
と諭すロッキー。
いずれも今のロッキーの口から語られるからこそ重みがある。
もちろん、みんながロッキーみたいになれる訳ではない。それでも、自分の内に秘めたものがあるのなら、諦めずにそれに賭けてみたい、と思わせる内容の映画だった。
まずはロッキーの息子のように、俺も会社を辞めるかな(^_^;。
肝心の試合のシーンは、全体的にちょっとチャンピオンが押され気味過ぎだった気もするし、それまでの映画と違ってカット割りと効果と編集が多用されていたので、個人的には今ひとつ見応えの点で少し不満が残ったが、現実問題として60歳を過ぎたスタローンがあれだけの体を作るだけでも大変なのだから、その点はまぁよしとしよう。
試合が終わった後のロッキーの顔が、それまでのどのシリーズとも違う表情をしていて、改めて、あぁ、このシリーズももう終わりなんだぁ、と実感した。正直、とてもいい形で幕引きができたのではないかと思う。
平日だからか、映画館はガラガラだった。でもかつて、イタリアの種馬のファイトを見て感動した事のある人は、ぜひあの懐かしの、会場を包みこむ『ロッキーコール』を聞きに行ってみてください。
きっと自分の口も、声を出さずにロッキーコールしてますよ(^^)。
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2/3のブログでも取り上げた、元アメリカ副大統領のアル・ゴア氏のドキュメンタリー映画、『不都合な真実』を観て来た。
テレビで紹介された事もあってか、平日であっても東京ではなかなかチケットがとれない盛況ぶりだ。まぁ、上映館が二つしかないせいもあるが、期待に違わず、非常に優れた内容の作品だった。2/3の段階ではなぜかアクセスできなかった公式サイト(パンクしてたのかな?)も、今は普通にアクセスできるので、まだ映画を観ていない人は一度そちらを見てほしい。冒頭、なにやらオドロオドロしい、パニック映画の宣伝のような予告編が流れるが、実際の映画は実に淡々としたものだ。しかし、その内容はどんなパニック映画よりも衝撃的だ。
映画の類別としては、ドキュメンタリー映画ということになっているので、ところどころで彼自身の経験や思い出、実際に温暖化の影響でおこった災害のニュース映像などが挿入されているが、映画というよりむしろ、アル・ゴア氏がアメリカのどこかで行っている講演に、衛星中継を通して参加しているような感じだ。地球温暖化とその問題を、非常に簡潔、明快な言葉で説明し、わかりやすいデータを提示し、時にウィットに富んだ皮肉でもって、それに対処する必要性、緊急性を訴えている。
熱湯に飛び込んだカエルはすぐに飛び出すが、ぬるま湯に入れられたカエルは、温度を上げられても変化に気がつかず、その結果、カエルは…、
というアニメで笑いを取っていたが(なんで笑いが取れたかは実際に映画をご覧になってください(^^)。)、実際にぬるま湯に入れられている“カエル”の我々は、早く自分たち自身でその危険性に気がついて飛び出さないといけない。アル・ゴア氏は繰り返し、『これはモラルの問題だ』と述べていた。政治を動かすためにも、まずは事実を認め、自分のできる事を始めなければならない。最近、自分のバイクのメインジェットの番手を175番から230番にあげた男が(要は燃費を悪い方に振ったっちゅーことやね)、こんなこというのもなんだけどね(^_^;。ともかく、できることからやっていこう、という思いを強くさせてくれる映画だった。
そしてさらに、やはりしみじみと、この人が今の腰抜けテキサスカウボーイの代わりにホワイトハウスにいてくれたらなぁ、と思わずにはいられなかった。アメリカは今や、世界で一番排ガスに対する規制の緩い国になっている。京都議定書もまだ批准していない。
(余談だが、オーストラリアもまだ批准していなかった。
1/24のブログでも書いたが“オーストラリアよ、お前もか!”という気持ち再びである。しかし、オーストラリアなんか、環境問題には敏感な気がするんだけれどね。オゾンホールが問題になった頃は、子供たちが外で遊ぶ際は必ず帽子と日焼け止めを塗るよう、推奨していたし。)
でもかつては、世界に先駆けて『マスキー法』という自動車の排ガス規制を作った国なのだ(実際には実施期限前に廃案になったらしいが)。その気にさえなってくれれば、一気に(余計な所まで(^_^;)突っ走ってくれそうなんだけれどなぁ。
ともあれ、
『変化をもたらすために我々に残された時間はもはやそれほど多くはないが、かといって、まったくないわけではない。』
というアル・ゴア氏の、どこまでも前向きな姿勢に敬意を表し、その熱意が実ることを願い、応援し、見習っていきたいと思う。
あと、この映画を観た方には、こちらの本もお勧めしておきます。
さらに余談。
この映画の中で、アル・ゴア氏はMacを使ってプレゼンしているが(彼はアップル・コンピュータの取締役会のメンバーでもある)、やっぱ使っているのはPower Pointぢゃなくて、Keynoteなのかな(^_^;?
<5/22 追記>
今日、本の方の『不都合な真実』を読み終えた。分厚い割には、図表などが多く、内容も上記映画とほぼ同じなので、すらすらと読み終える事ができた。2800円の値段以上の価値はある本だと思う。
で、この本の最後、謝辞の所で、アル・ゴア氏が普段プレゼンでKeynote2を使っている事が書いてありました(^^)。
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たった今、日本テレビの『世界一受けたい授業!!』を見た。
アル・ゴア元アメリカ副大統領による、地球温暖化の緊急講義を見たかったからだ。
私はまだ、彼の著作の『不都合な真実』も読んでいないし、同タイトルの映画(なぜか現時点では公式サイトが見られないが)も観ていないが、地球「温暖化」などどいう生易しい表現でなく『気候の危機』という表現は、非常に的を得ている。つくづくこの人が今のアメリカ大統領だったらなぁ、と考えながら講義を見ていた。
もちろん、そんなに簡単にすべてが好転していたはずはないだろうが、京都議定書ももう少し有効なものになったかもしれないし、なにより、バカブッシュの起こした意味のない戦争で死ななければならなかった、死ぬ必要のなかった人たちが、大勢救われた事だろう。
残念ながら、彼は次期大統領選には出馬しないようだが、未来の民主党の大統領候補者(やっぱヒラリーか?(^_^;)には、ぜひ彼の思想を受け継いでもらいたい。その踊りで私を惹き付けてやまない南太平洋の島嶼国、キリバスの人たちのためにも(余談だが、キリバスの民族ダンスでは、大きな腰蓑をつけた女性の振り付けが非常に愛らしい。さらに、太平洋諸国に共通していることでもあるが、歌声がとても素晴らしい。)。
もちろん、他人任せではなく、自分でもまず、できる事はやっていこう! とりあえずは映画を観て、本を読むところから始めるかな。
ただ、環境に悪いと評判の2stバイク、我が愛機SDRにはもう少し乗らせてください(^_^;。ちゃんとメンテしますから。
イー・ベンキョー・ムービー『不都合な真実』
<追記> 映画を観ての感想は07/02/18のBlogに載せました。お暇でしたらご覧ください。
<追記2> 温暖化で沈むと言われている太平洋の島嶼国、キリバスとツバルの伝統的な踊りや歌の映像を、You TubeにUpしました。興味ある方は07/09/02のBlogにlinkが張ってありますので、是非ご覧ください。キリバス、悲しき決断
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ちょっと前の話で恐縮だが、ここ数年、クリスマスの少し前に休みを取って、相方と旅行に行くことにしている。で、昨年はスパリゾートハワイアンズ、かつての常磐ハワイアンセンターに行ってきた。なんでかっつーと、理由はいくつかあるのだが、一番はとてもお手軽価格だったからだ。
東京から無料で送迎バスが出ていて、一泊二食付き、スパリゾートの二日間入場券込みで、たったの10500円。
これで経営が成り立っているのか?と余計な心配をしたくなるくらいの料金である。
ここに行くことを決めた時、初めて『フラガール』の映画を知った。
まぁ、行く前にハワイアンズの予習にでもなれば、と軽い気持ちで観に行ったのだが、これがとてもいい映画だった。すごく乱暴にまとめてしまえば、『プリティ・リーグ』に『リトル・ダンサー』と『遠い空の向こうに』をまぜて、上質のエキスだけを汲み取ったような感じだ。映画についてのマスコミなどの紹介では、東京からダンスを教えにくる平山まどか役の松雪泰子と、これが映画デビューになる南海キャンディーズのしずちゃんのことがやたらと取り上げられている気がするが、全体を通して誰か一人が突出するという話でもなく、中弛む事もなく、最後まで楽しめた。劇中のダンスも、さすがに本場のタヒチやクックの連中には及ばないが、南太平洋文化オタクの私が十分に楽しめる内容だった。ついでに、はじめて豊川悦治がいい役者だと思えた(^_^;。まだ映画館で見ることができる方にはぜひ観てもらいたい。
ある事の責任を取る形で、東京に去ろうとしている松雪演じる平山先生を、ダンサーたちが引き止めに行く駅のシーン。ダンサーたちは、フラならではの方法で、自分達の思いを先生に伝える。とても素敵で感動的なシーンだ。これが実話だと言うから恐れ入る。あんなことされたら、そりゃ誰だって居残るわな。
あと個人的に、松雪や蒼井優らとは違って、映画の情宣でもマスコミでもあまり取り上げられないが、早苗役の徳永えりが非常に気になっている。中学を卒業後、家庭の事情で高校には行かず、選炭婦として爪を真っ黒にして働く18歳の早苗。なんとかそこから抜け出したいと切実に願う気持ち、練習なんてまだまったくしていないのに、初対面の平山に練習の成果を見せろと言われ、体操のようにぎこちないフラダンスを踊ってみせる時の精いっぱいの笑顔、そしてタヒチアンダンスの衣装を身に付けて、幼い弟妹に『姉ちゃん、めんこいか?』と嬉しそうに訊ねる姿。その後の展開を考えると、あまりにも不憫で仕方がない。フラダンサーの夢を、幼い弟妹のために諦め、父親の都合で夕張の炭坑に引っ越して行った彼女のその後はどうなったのか、それが気になって気になって(^_^;。早苗には、せめてその後に、そこそこでも幸せな人生が待っていたことになっていてほしいし、そこまで想像させる演技をした徳永も、もう少し評価されていいのではないだろうか?
さて、このblogの表題についている『太陽にキスを』は、フラガールのサントラの最後の曲、『フラガール 〜虹を〜』の一節。このサントラもいいんですよ。映画を観たらぜひこちらも買って聴いてみてください。照屋実穂という新人のシンガーソングライターが歌っている歌だが、
大地に光を
果てしない夢を
太陽にキスを
変わらぬ瞳を
というサビは、歌詞と曲調に、照屋の声質がマッチしていて聞いていて清々しい気分になる。自然と南太平洋の、海辺にたたずんでいる記憶が湧いてきます。
話もどって、スパリゾートハワイアンズだが、これが結構楽しかった。
最初の日は、なぜか室温が低く、水着でいると震えてしまって風邪をひきかけたが、帰りの日はウォータースライダーで滑ってはポケットの中の小銭を失くしまくるくらい散財してきた。そして、本物のフラのショーも、映画の影響か盛況で、内容も、国内版太平洋芸術祭、と行った感じで十分満足させてくれるものだった。まぁ、マオリの、特に男の方の踊りはもう少し努力(というか、迫力?)が必要かな。しかし、ハワイアンなはずなのに、フラにタヒチにマオリにサモアとくるならば、パプア・ニューギニアのシンシンもいれてくれないかな。マッドマンの踊りだったら、俺がやってもいいですよ、ハワイアンズさん(^_^;。フリ族のシンシンでもいいや。どうですかね?
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少し前に、知人にmixiに招待してもらって加入した。このBlogはそこでの日記代わりにもなっている。もっとも、最近はあまり時間がとれない事もあって、入っていてもあまりいじっていないmixiなのだが、先日いろいろとコミュニティーを観て回っていた時に、自分のプロフィール用写真に有名人の写真を使っているmixi利用者が結構いて、その大胆な肖像権無視っぷりに少し驚かされた。
まぁ別に、その事をとやかく問題にしようと言う気はないんだけれど。
私はフレンズやフルハウスといった海外ドラマが好きで、フルハウスのミッシェル役だった、おそらく現在世界で一番金持ちのティーンエイジャー双子、オルセン姉妹のファンでもある。最近の彼女たちは、あまり芸能活動ではパッとしないけれど、そんな彼女たちの写真を使う人が、意外に結構いたのが嬉しいながらも不思議だった。フルハウスの頃はともかく、最近はあまり日本では話題にならない二人なんだけれどね。一番最近の映画、『ニューヨーク・ミニッツ』も、向こうでコケて、日本ではWOWOWで放送されただけだし。んで、そういう人のmixi覗いてみても、あまり海外ドラマの情報がなかったりして、これもまた不思議なのだが(^_^;。ご本人がアシュレーやメアリー=ケートに似ていらっしゃるのかしら?
よく、自分を有名人に例えると誰に似ていると思うか、という質問をされることがあるかと思うが、これまで私は映画『ロッキー』で、アポロにボコボコにされた後のスタローンと答えていた(^_^;。その後、アルバイト先で一緒に働いていた女の子に、『ヒュー・グラントに似ている』といわれた事がある。百歩譲って『about a boy』のポスターなんかは、多少似てるかもしれないが、当然あんな男前ではないし、タレ目でもない(^_^;。最近自分では、フレンズでデビッド・シュワイマーが演じていた『ロス・ゲラー』に、マシュー・ペリーが演じていた『チャンドラー・ビング』の性格を足すと、よく自分に似ている、と考える事が多い。
しかしながら、こんな説明で納得する人なんて、まずもっていないだろうけれどね(^_^;。
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昨日、幕張にて『ホテル・ルワンダ』を観てきた。
上映中、一瞬も気を抜く暇がないくらいの濃い内容で、とても素晴らしい映画だった。
ぜひ、もっともっと多くの人に見てもらいたい作品だ。
この作品をみて、思った。
当時、100万もの人命を見捨てた世界は恥じ入るべきだと。
現在のアフリカの遠因となった植民地政策を行った、イギリス、フランスをはじめとするヨーロッパ諸国、なかでもフツとツチのいがみ合いを生み出したベルギーは懺悔するべきだと。
そして、同時代に生きながら、今まで無関心でいた自分も同罪だ。まさに『ディナーを食べながら、「怖いね」と言うだけ』だった。実際にその時そこには、恐怖に震え、うちひしがれ、助けを求める生身の人たちがいたのだから。
『Little Birds -イラク戦火の家族たち-』の記事でも少し書いたが、戦争や紛争で被害に会い、逃げまどい嘆き悲しむ人たちに、常に自分や、自分の愛する人や、息子や娘や両親や友人の姿を重ね合わせて見る、そういった姿勢や想像力を持たなければならない。決して遠い、異次元の世界の話ではないのだから。同じような状況は、いつ何時、自分の身に降り掛かるかも知れない事なのだ。
また、常に理性と真実でもって、正しく社会を見つめていく努力を怠らないようにしなければいけない。『フツ』と『ツチ』について、民族学者は完全に異なる民族集団としてとらえる事ができないという。実際に、身内にフツとツチがいる,というのはごく普通のことだったようだ。なのに、アジられ、興奮したフツの人たちは、ツチの人たちを『ゴキブリ』と呼んで、まさに虫けらのように殺していく。人は相手も同じ人間だ、と思わなくなるとトコトン残酷になれることは歴史が証明している。だからこそ常に、そのような発言を行うモノに対して、警戒を怠ってはならない。
実在の主人公、ポールは、どれだけあそこから逃げ出したいと思っていたことだろう。他の人たちは彼を頼れるが、彼には何もなかったのだ。
想像を絶するプレッシャーだったろう。
『ルワンダと同じような状況になった時、あなたは隣人を守れますか?』
あの映画を見た後、私にはYesと答える自信はない。
彼のような強い人間に、心底なりたいと思う。
最後に、パンフに加藤登紀子も書いているが、あのような状況でも、子供達は時に笑顔を浮かべて踊り出し,唄う。とても好きなシーンです。
生きるということは、本当に素晴らしい。
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なにげなくみたNHKの『みんなのうた』で、遊佐未森の『クロ』という歌を聴いた。
ある日出会った半ノラの黒猫「クロ」との日々と、別れを唄った歌で、彼女の実体験を基にしているとのこと。一度でも動物と暮らした事がある人なら、絶対に切なくなり、泣けてくる、いい歌だ。
もう10年も前、東京でアパート暮らしをしていた頃、アメリカンショートヘアーの雑種らしき子猫を拾った。『もも』と名付けたその子は、顔は目ヤニだらけで、既に角膜は両目とも白く白濁していた。小さい体はガリガリに痩せていて、体重は600gほど。しかし、獣医によると、歯の具合から、既にもう生後三か月は経っているだろうとの事。極度の栄養失調状態だった。
部屋に連れて帰ってから三日ほどは眠りこけるだけで、水も飲まなかった。疲労と緊張からか、電気毛布の上でうずくまっていた彼女が、初めて体をのばし、お腹を見せて、安心しきって眠る姿を見た時の、なんとも言えない愛おしい感情を忘れる事ができない。こんな小さな命が、どれだけの苦労と苦痛を味わってきたのか、考えただけで胸が締め付けられるようだった。
その後、元気を取り戻したももは、三か月ほどであっという間に成長し、やんちゃ盛りのかわいい同居人になった。流しのシンクに入るのが一番のお気に入り。かつお節が大好きで、魚を焼くといつも背伸びしてグリルをのぞいていた。毎日帰宅すると玄関で待っていてくれて、パソコンに向かっていると、ずっと机の上で、静かに目を閉じ、たたずんでいた。
しかし、同居して半年を少し過ぎた頃、外に遊びにいったきり、帰ってこなかった。
それから二か月、近所を必死に探しまわった。仕事から帰ると、自分で作ったチラシを一件一件に配って回った。ペットの探偵まで雇った。しかし、見つからなかった。探偵が聞いた話だと、行方不明になった頃に近所で車に轢かれた猫がいたらしいが、それがももだったかどうかはわからない。
『クロ』を聴いて、久しぶりにもものアルバムを見返してみた。今でもたまに、あの後、誰か親切な人の家で世話になって、天寿を全うしていてくれればいいと、夢想する時がある。
ほんとに、『君に会えたことが宝物』だ。
話はそれるが、ももを探していた時、一番嫌で、傷付いた事がある。
それは、「お宅が探している猫を保護している」という連絡を受けて、先方に出向いてみると、明らかに違う猫が待っていた時だ。本当に、純粋に間違いなら仕方ない。しかし、どう見ても故意の間違いなのだ。性別も、毛の色も、大きさも、何一つ特長が合っていない。もちろん、猫をあまり飼った事のない人なら、仕方ない事かもしれないが、その人が私への連絡に使った、私が作ったチラシやポスターには、当時まだ高かったカラーコピーを使っていたので、毛の色などは間違えようがないはずなのだ。そして、この猫じゃない、と私が言った後には、必ずこう言われた。
「残念ね。でも困ったわ、私もこの猫飼えないし。よかったら、この猫連れていかない?」
これほど酷い仕打ちがあるだろうか?
要は初めから、人にその猫を押し付けるつもりで呼びつけたのだ。あまりにも無神経で思いやりのない話だ。何のために猫を探していると思っているのか。ももと共に過ごした日々があるからこそ、あの子を探している。いなくなったから、じゃあ代わりにこの猫で、と言うわけにはいかないのだ。さらに、猫を愛する身としては、目の前の猫のこの後を考えると、非常に辛く、悲しい気持ちになってしまう。きっとこの後、この人はこの猫をまた放置するのだろう。悪くすると、保健所に連絡するかもしれない。この猫の、それからの辛い日々を考えると、私だって連れ帰りたいのはヤマヤマだが、1Kのアパート暮らし(しかもペット禁止)では2匹も3匹も飼うわけにはいかない。今度こそももに会えるかもしれない、という淡い期待が打ち砕かれた落胆と、今見た猫の将来を案ずる辛さを抱えて、一人アパートに帰る時の悲しさといったらない。犬や猫を探すポスターやチラシを見る度に、この人たちのところにはあんな自分勝手な善意の連絡が行かないように願っている。
『クロ』というと、もう一つ、『クロ號』という漫画がある。厳しい猫の世界を淡々と描いている。こちらも猫好きにはお勧めだ。是非一度、読んでみて下さい。
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本日、都内某所にて、
という映画を見てきた。
内容は、2003年3月のイラク戦争開戦直前から、その後の一年間、イラクの一般の人たちを追いかけたドキュメンタリーだ、とだけ書いておこう。
とにかく圧倒的に濃密な内容なので、人からとやかく聞く前に、何はさておき、まずは見てもらいたい。今後も全国で上映会を行うそうだし、近々ビデオやDVDの販売、レンタルも始まるらしい。
詳細は上記タイトルのリンク先を参照してください。
色々書きたい事もあるのだけれど、なかなか考えが落ち着かない。でも一つだけ書いておくと、これは遠い国の出来事だけれど、決して違う世界の話ではない。似たような事は60年前のこの国にもあった事だ。映像の中のイラクの人たちに、自分や、自分の愛する人や、息子や娘や両親や友人の姿を重ね合わせて見てほしい。
ほんとに、なんで人は戦争なんてするんだろう。他にする事は沢山あるだろうに…。
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ボスニアで26日、「民族和解の象徴に」と、香港が生んだ世界のアクションスター、ブルース・リーの像が建てられた。金色に輝くその像は、残念なことに一日も経たずに一部を壊されたそうだ。
初めこの話を聞いたときは、失礼ながら笑ってしまった。だって、なんでボスニアで、しかも今さらブルース・リーなのか。脈絡がなさ過ぎる。一日で壊されてしまう辺りにも、その脈絡のなさが見て取れる気がした。
でも、改めて考えてみると、それだけ民族の和解が切実な願いなのだろう。ブルース・リーは現地のモスレム人、クロアチア系住民の双方に絶大な人気があるという。自分達とは全く関係のないもので、共通項となるものを必死に探している姿が見て取れる。残念ながら、いきなりつまづいてしまったが、その願いが報われる日が来ることを祈った。ブルース・リーも、草葉の影で見守っている事だろう。
余談だが、ここ数年、衛星放送などで、たまにブルース・リー特集をやることがあった。彼の出演作を連続放送してくれていたのだが、唯一、『ドラゴン怒りの鉄拳』だけは、ほとんど放送されていない。この作品は、第二次大戦中の日本の支配下にあった中国が舞台で、ブルース・リーの武術の恩師が日本人に殺され、理不尽な仕打ちでその恩師の武術道場が乗っ取られそうになる話で、さんざん日本人が悪人として描かれている。そういった面もあって、放送が控えられているのかと思うが、もともとブルース・リーは日本の映画や映画技術に心酔していて、彼の後期の映画には日本人の照明家が関わって非常に信頼を受けていたり、勝新太郎の『座頭市』を映画作りの参考にしていたりした話は有名である。そういった親日派が、それでも作った反日映画なのだから、見る価値は十分あると思うし、それを抜きにしても、やはり臭い物に蓋的な対応はいただけない。なにより、ファンの気持ちを無視していると思う。なにかとキナ臭い話が多い日中関係も、ボスニアに負けず劣らず、和解の象徴が必要なのかもしれない。
最近の若い人はブルース・リーの映画を見た事がないらしい。イッペン見てごらん。見終わったら絶対に、「アチョー」とか言いながら、タオルをヌンチャクに見立てて振り回したくなるから。
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昨夜、TBSの特番『ヒロシマ』をみた。
とても秀逸な番組だった。
改めて、当たり前の事を再認識した。
核兵器は、絶対悪である。
生命に対する冒涜である。
我々の知性と想像力は、
争いと破壊の為ではなく、
理解と創造の為に使われるべきである。
核廃絶は確かに不可能かもしれない。
でも、それを目指して行くしかない。
相手も同じ人間だと認めて、思いやりの心を持てば、
絶対に核兵器なんか使う気にならないと思うんだけれど、
それが一番難しいのかな。
人間はそんなに愚かでないと信じつつ、
60年目の今日に祈りを捧げます。
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今朝の朝日新聞の、天野祐吉さんのコラム『CM天気図』を読んで、はじめてカップヌードルの『NO BOADER-少年篇-』のCMが放送中止になっていた事を知った。中止になった理由は『多くの消費者』から、『武器を持って戦う少年を肯定したもの』と受け止められる可能性がある、と批判を受けたからだそうだ。
なんとまぁ、世の中にはナンセンスで短絡的な暇人が多い事かと呆れた。
たしかに、CMにも多少は問題があったかもしれない。少年兵について問題を提起するようなテロップが最後に小さく流れるだけだったから、見落としてしまう可能性も無きにしもあらずだろう。にしたってだ。
例えばそれが、自分の子供に対する影響を懸念するモノだったとしよう。我が子が銃を持つ事を肯定しそうだと思うのなら、なぜそこで、子供とこのCMの少年兵について話し合おうとしないのか? 広い世界の一つの過酷な現実を教える格好の機会ではないか。もちろん、彼等少年兵に対して、すぐに何かできる訳でもないだろうが、折に触れてこういった問題を考えることが大切で、それがこのシリーズの狙いでもあったはずだ。メーカーに電話して苦情をいう暇があるのなら、そうした方がよっぽど建設的だ。CMが放送中止になって、その姿を日常生活から閉め出しても、現実に世界には30万以上の少年兵がいるのだから。
日清食品も、本気でNO BOADERキャンペーンやっているなら、簡単にこんなクレームに屈するもんじゃない。テロップをつけ直すとか、ナレーションをつけるとか、理解してもらう方法はいくらでもあるはずだ。まるで無かった事にするかのような放送中止は芸が無さ過ぎる。このシリーズはとても好きだったので、ちょっとがっかりだった。
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